ワイミーズハウスへようこそ! 〜招待〜
「う〜〜ん。やっぱり、僕はキラに操られていたんだよなぁ」
他人事のように月は呟いた。その隣を歩きながら、何を今更、という顔でLが顔を覗き込んでくる。
「当たり前ですよ。もうそれしか結論が無いですから」
「……確かに……」
月は頭を抱える。クマ付きの黒目が、じぃっと生真面目に青年を見つめる。その瞳が意味することは月もよく知っていた。レイ・ペンバーやナオミのことも長い年月のあいだでLに話してしまっていた。
月の予想通り、Lは何十回も繰り返したつぶやきをまた言った。
「罪悪感は残るでしょうがね。月くんは被害者です、悪いのはすべてキラ」
「…………ああ。割り切れ……だろ?」
「そうです。月くんはずいぶん捜査協力してくれた。罪を洗ったと私は考えますよ」
「……キラか。消えてしまったな」
「…………」
ぺたぺたとした足取りを止めて、Lは考え込むように親指を歯で咥えた。
「第三のキラ……、殺害方法は記述通りに死のノートに書き込むことだとわかった。しかし、疑問は死に方です。何故、アマネのことを話しそうとした途端に心臓麻痺を起こしたのか……」
「あれから、レムも見なくなったしな。やはり、死神が?」
月の茶色がかった瞳に仄かな憐憫が灯る。Lは思慮深く呟いた。
「ええ。恐らく、その死神が火口を殺した……、しかし何故それで死神が姿を消したのか。アマネを助けるようなタイミングで――」
「竜崎。ミサはもうキラとは関係ないんだぞ」
「わかってますよ。ただ、あれから本当にキラがいなくなった。気になりませんか。ノートの13日のルールも、検証の結果ウソとわかりましたし……」
「あの死のノートは燃やしただろ……。悪い夢みたいだったよ」
「はい、そうですね」
Lは黒目をうつろに持ち上げる。
どこか、気鬱げに月はLを見下ろした。
「大丈夫か? 竜崎、おまえ、負けたとまだ思ってるのか?」
「甲乙がつけがたいので迷うだけです」
「火口を裁けたんだから、竜崎の半勝みたいなもんだろ……」
「月くん」
Lがそれまでとは違った声をだした。
月は振り返る。大きな屋敷だった。ワタリの経営する孤児院施設で、名をワイミーズ。月は、夏休みのあいだにLに招かれてこの地を訪れたのだった。
緩やかに口角を持ち上げて、Lは扉の前に立った。
「火口など小物でした。しかし、私が甲乙つけがたいと思うのは、……勝利などという言葉を使うなら、月くんがキラに操られたおかげで知り合ったともいえる。わたしはこの偶然――あるいは、必然に感謝しますよ」
「竜崎……。珍しいな。お前がそんなこというなんて」
「友人ですからね」
飄々と言い捨てて、Lはノブを回す。
そこには初老の男性がいた。Lの姿と、月が抱えた大荷物を見て顔を綻ばせる。
「君が夜神月ですね。お噂はかねがね」
「はじめまして。……日本語がお上手ですね」
「ワイミーズの者は、世界で最もよく話せる言語の上位二十ヶ国語はすべて日常会話レベルで話せますよ」
Lが口を挟む。男性は短く自己紹介をすると、月を上の階へと招待した。
割り当てられたのは個室だった。上質なホテルのように、綺麗で広く調度品も豪華だ。足元の毛皮にギョッとしつつ、月は荷物を紐解いた。
「これなら、ミサを誘ってもよかったんじゃないか?」
「何をいうんですか。一応、このワイミーズは重要機密に相当する機関ですよ」
堂々と室内に入りつつ、入れ替わりになった老人へと声をかける。Lと短い会話を終えると、老人は退室した。Lは、そのまま堂々と室内を横切ってイスを引き寄せた。以前、キラ対策本部にあったような滑車のついたものではない、立派な四本足がある。Lは膝をたててブツブツと呟いた。
「それも私が育った場所。Lを育てる場所です」
「……それって、ものすごいんだよな? 僕でもなんとなくわかる」
「わかってもらわなければ困ります」
「でも、そういうふうに言うなら、なんで僕を招待したんだよ」
ベッドの弾力を確認しながら、月。
「……月くんだったからですけど」
「ハハッ。なんだよ、それ」
「そのままの意味です」
Lは物足りなさげにイスをゆさゆさと揺らした。
と、子供の声が割り込む。
「L――っっ! 来てるんだって? どこにいるんだよ!」
「子供? 施設の子か」
月が扉を見遣る。
複数の足音はあっという間に月の部屋まで追いついた。
ばたん! Lは鍵を閉めはしなかった。両手で力の限りに扉を押したのは、金髪をショートカットにまとめた少年だ。彼は、Lの後ろ姿に驚嘆して両目をカッと見開かせた。
「久しぶりだな! L、キラ事件解決おめでとう!」
「メロ……。私は解決してません」
Lが半眼で振り返る。
そんなことはない! と、でも言うように、メロと呼ばれた少年は両腕を広げた。
「でもLが第三のキラを捕まえてから、キラは人殺しができなくなったぜ。世界各国の発表もあったじゃないかー? Lはキラの能力は人を渡るモノと発表! キラ事件の集結を宣言! ってな♪」
口上のあいだに、他の子供たちも集まってきた。月はぎくっとして窓に寄る。十数人の子供たちが、Lの周囲に集まってあれやこれやと質問攻めにしていた。
「なあ、殺しの方法って何だったんだ。一般向けの情報なんてつまんねーよ。面白―とこは話さないんだぜ」
「L、遊ぼうよ。ねえねえー。L、あたしずっと会いたかった!」
「どうして帰ってきたんだ? 気まぐれ?」
「…………」
どの質問にも答えず、Lは窓際の月を見つめた。
その黒目が訴える。どうにかしてください。ハッ、と、正気に戻って月は腰を持ち上げた――、と、視線を感じる。
「?」
窓の下を覗けば、草木のあいだに人影が見えた。
銀色の髪をした子供だ。背は低く、地面に座り込んだまま草をむしっている。それでも、瞳だけは月の部屋を見つめている。
「ああっ! L、逃げた――!」
「おいっ。教えてくれよ、L! もっと事件のこと話してくれ!」
「えっ?!」
慌てて月が顔をあげる。
「では。月くん、またあとで」
言いながら、Lは一目散に逃げ出した。
「おい、竜崎……」
「? おい、おまえ、誰だ」
「もしかしてLのお客さんってお兄ちゃんのこと?」
「エエッ?!」
矛先は月に変わった。
ギョッとして後退り、降参を示して両手をあげる。しかし子供たちは壁を作るかのように月を取り囲む。
「おまえ、Lのなんだ?」
「いや、あの」
「トモダチ? ……あの、Lのぉ?」
「……〜〜〜〜っっ」甲高い無数の声と手とが月にむらがる。
耐え兼ねて、青年はついに……Lと同じ道を辿った。
つづく
( → 招待編その2 )
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