ワイミーズハウスへようこそ!  〜招待その2〜

 


「アアッ?! 逃げたぞ、追え――!」
「クッソ。竜崎め、僕にこの子達を押し付けたな!」
 当たりです、月くん。
 悪びれもせずに呟く声音が聞こえてくるようだ。月はがむしゃらに廊下を走って、階段をくだって、庭にでた。ワイミーズは巨大な養護施設だった。十分後、月は一人で庭を彷徨いつつも呻いていた。
 ここはどこだ? 答えるものはいない。
「ま、参ったな……」
 来た道を引き帰すにも、似たような景色ばかりだ。
 月はしばらく真っ直ぐに進むことにした。
 やがて。辺りを入念に探っていた彼は気が付いた。あの、木が少ない個所に見覚えがある。恐らくは先ほど銀髪の少年を見つけた場所だ……。
 赴いてみて、月は生還を確信した。
 例の少年が、その場でいまだに草を毟っていたからだった。だが月は間違いに気が付く。少年は草むしりをしているだけではない。彼の足元では、毟った草で編み上げたと思われるピラミッドが複数横たわっていた。
「…………」
 少年は、突然現れた月に動揺する素振りをみせなかった。その堂々とした貫禄と、奇妙に据わった眼差しはあの猫背の青年を彷彿とさせる。
 意図しない内に、月は尋ねていた。
「竜崎……Lがどこにいったか知らないか?」
「…………」
 少年は握りこぶしをつくる。
 それで草を掴んでいる。ぶちっ! と、強引に引っこ抜くと、足元に捨てた。泥で汚れた手のままで、少年は神経質に自らの頭を撫でる。
「あなたが、Lが招いたという部外者ですね」
「……ああ。多分そうだ」
「…………Lがどこにいるかなんて、私は知りません」
 観察するかのように、少年は月を凝視する。初めてLに会ったときに、これと同じような眼差しを大量に受けた。月がうっすらした不快感から眉根を寄せると同時、少年がつぶやく。月は思わず息を呑んだ。
「夜神月。昔、キラに操られたと言う」
「! どうして、それを」
「日本警察のデータベースにハッキングしました。ワイミーズにいる者なら、みんな黙ってるだけでやってる」
「なっ……。君たちは……」
「ニア?!」
 ハイトーンの声が割り込む。
 聞き覚えがあった。見れば、先ほどの金髪少年が肩で息をしていた。
「おまえ、夜神月と何をして」
「君も僕の名前を知ってるのか」
「? みんな、知ってるに決まってるじゃないか。アンタもあとでキラに操られてた感想教えてくれよ」
「!!」
 驚愕で振り向けば、メロと目があった。
 彼はニヤッとして歯を見せる。どこか冷めた瞳をメロに返しつつも、ニアと呼ばれた彼は摘んだ髪の毛をぐりぐりと揉み潰した。
「話すときはぜひ私もご一緒願いたいですね」
「フン……。ニア、おまえ、パジャマのまま外にでるなよ」
 聞こえないフリでもするように、ニアがソッポをむく。月が目を丸めていると、メロは小さく鼻腔でため息をついた。
 躊躇いなく月へと腕をだす。
「探したんだぜ。みんな、アンタと話したがってる」
「本当はLを探していたんでしょう?」
「お前は黙ってろ、ニア」
 面倒臭そうにメロが呟く。
 しかし、ニアも負けていない。ピシャリと返した。
「メロ。その人を最初に見つけたのは私です」
「え? 僕はただ通りがかっただけだよ」
「だってさ。オラ、いくぞ夜神月!」
「待ってください。私も興味があります。あのLが、つれてきた男ですからね……」
 引き止めるような口ぶりだが、ニアは片膝たてたままで動かない。困惑しつつ、しかし月は腕を引くメロに抵抗した。
「ちょっとまってよ。僕は竜崎を捜してるんだ」
 少し違った気はするが、心細くなってきたのは事実だ。メロは目を丸くした。
「リューザキ? 誰だ」
「私のことですよ」
 その声は、上から降ってきた。
 三人が同時に顔をあげる。月の部屋の窓だ。上半身を窓から垂らして、クマのある男がのっそりと手をふっていた。
「日本ではそう名乗っていました。月くん、ここでは、私のことはLと呼んだ方が通じます。私には竜崎で結構ですが」
「竜崎、おまえ……! どこ行ってたんだよ!」
「自分の部屋に。鍵をかけて皆がいなくなるのを待ってました」
「おまっ。じ、自分だけ……!」
 月くんが遅いので様子を見に来ました、窓の下から話し声がしたので覗きました、そうした事実関係を淡々と述べたのちに、Lは体を持ち上げた。
 窓枠に足をかける。ギョッとしたのは月だ。
「飛び降りるつもりか! 危な――。っっ?!」
 どすん! 重たいものが落ちる音と、小さな悲鳴が重なる。月が目をあければ、ぶるぶると小刻みに震えているニアが見えた。彼は、目を見開いて、着地したLの足元を凝視している。それをクッション代わりにして、Lは無傷で降り立つことに成功した。
「……丁度いい位置に丁度いいものがあったので」
 悪びれもせずに、のうのうと呟いてLはぺたぺたと土の上を歩く。あとには、踏み潰された草のピラミッドが残った。
 ポケットに手をいれ、ガニマタの猫背でLは月の顔を覗き込んだ。
「月くん、子供たちに悪さされませんでした?」
「…………おかえりなさい、L」
 Lの言葉を遮るようにニアがうめく。
 驚きで立ち上がったらしい。少年は、感情のない声音とは裏腹に俄かな怒りを瞳に込めていた。
「もうここには戻らないと思っていたので、残念です」
「私には君たちを見る役目もあります」
「なんだ、結局Lが保護すんのかよ」
 メロがつまらなさそうに囁く。
 ほぼ無表情だったが、Lは首を傾げた。
「あとで時間を作ってあげてもいいですよ。ただ、今は私たちに手出ししないでください。せっかくの休暇が丸潰れになります」
「休暇ァ?!」
 メロが頓狂な声をだす。ニアは、無言でLの背中を強く睨みつける。
「あ、やっぱ、そうなんだ……」
 月が小さく呟いた。Lが顎で庭先をしゃくる。
「いきましょう、月くん」
「ああ。じゃあ」
 メロとニアとが月に視線を映した。
 揃って、何かものいいたげに口を開ける。だが、それを赦さないというようにLが黒目を吊り上げる。
「二人とも。午後の勉強、始まりますよ」
「…………ああ、わかってる」
「……………………」
 メロは颯爽と身を翻す。ニアは、残ったピラミッドを自ら踏み潰してから屋敷の方へと駆けていった。
 彼らを見送って、月はため息をついた。
「なんだ、皆知ってるんじゃないか。僕が操られてたとか……」
「皆が? ……さすがにそれはないでしょう。キラ関係のことは私もファイヤーウォールをつくるのに協力した。漏れたなら……、ニアは性格的に…………メロか」
「なんか、竜崎のことよく知ってるみたいだったな」
「今の子たちは、特別なんですよ」
 含みを混ぜたようにLが顔を伏せる。だが、すぐに顔をあげた。
「しかし、迷子になるなんてらしくないですね。月くん」
「広いんだよ、ここが。ワイミーズ? 途中でプールも見たぞ」
「子供たちが飽きないように工夫が凝らしてあります」
 先を歩きつつ、Lはポケットを漁った。取り出したのはチュッパキャバスだ。無造作に包装紙をめくり、口につきこむ。月の視線にはすぐに振り向いた。
「月くんも要りますか。味がいくつかありますけど」
「いや、いい。お前のポケットに入ってるもんだろ」
「別に汚くないです」
「いや、だって……。おまえ、そこ飛行機に乗ってたときから……まあいい。竜崎、ココには休暇にきたんだ?」
 キャンディの棒だけが月に見える。
 Lは左頬に飴を転がりたり右頬に飴を転がしたりと、忙しなく棒を回していた。やがて、コクリと小さく頷く。屋敷につくと、今度はLは自分の部屋へと月を案内した。
 Lは真っ先にイスに座る。こうした態度は、いくらか馴れてきた……。月はため息をつく。
「ティーセットはどこにあるんだよ?」
「台所の左の棚です。木目の濃い右側の奥」
「ったく。ワタリさん、呼んだらどうだ?」
 紅茶を用意すると、Lは当然のようにキャンディを口からだしてカップの中にいれた。わざわざ、月がソーサーの上に沿えたスプーンは存在ごと無視である。
 Lの向かいに座りつつ、月は静かにアールグレイに口をつけた。
「ン。さすが、いいもの使ってるな」
「……月くん」
「なんだ?」
 カップに口をつけつつ、月は窓の外へと視線をおろす。先ほどの子供、メロとニアも姿もあった。先ほど、口にだしたワタリ老人と共に庭を横切っていった。
 一瞬、彼らの行き先を質問をしかけたが、真剣なLの声音に呑まれて月は話に聞き入ることにした。
「私は人に姿を見せないのが仕事のひとつですから。どこかに遊びにいくとか、そうした制限がいくつもかかっている身です。このワイミーズぐらいなんですよ、私が自由に動き回ることができるのは」
「へえ……。竜崎、ここをでてからずっとLやってるのか?」
「はい、そうです」
「でもLはずっと篭ってないか?」
「はい、そうです。それがLですね」
 平然と返しつつ、Lはカップをつまむ。
「…………。大変だな」
「面白いですよ」
 ずずっ。
 半分を飲み干して、今度はキャンディを口にいれる。そうして、カップに角砂糖を注ぎ始めた。月が目を細める。
「忠告しておくぞ。ここに休暇にきたんなら、あんま頭使わないんだろ? 食べ過ぎると太るぞ」
「大丈夫です。ここの子供は油断ならないので悪戯を相手にするだけでもいい運動になります」
 ぽちゃんっ。新たな角砂糖が落ちる。
 月は、ゆっくりと瞼を閉じた。
「……でも、ここ、いいところだな。あのメロとか、ニア? って子達もいっていたけど、どうして僕までつれてくる気になったんだ? 僕は元キラだぞ」
 声が返ってくるまで時間があった。
 Lは、静かに告げる。
「それでも今は私の親友ですから」
 パチと月が目を開ける。見開かせた。
「おい、ランクアップしてる。誰が親友だって?」
「月くんが。ワタリ以外でここまで心を許せる相手は初めてです」
「そりゃ、ワタリさんはすごい良い人だけど……」
 キャンディを角砂糖の中に突っ込んで、Lはテーブルに膝をついた。ぎょっとする月には構わずに、身を乗り出して月の両手を握り締める。
「月くんには私は親友じゃないんですか?」
「ええ? ……竜崎が一番仲良い同年代だと思うが?」
「でしょう。私たちはお互いにお互いが最高の存在です。キラ事件のときに確信しましたから」
「なんか、誤解を招きそうな表現だな……」
 月が半眼になってうめく。気にすることなく、Lは握った手のひらをぶんぶんと振りたてた。
「さっきまでは月くんは友達でした。でも、ワイミーズに来たからには親友です。はい、親友おめでとうございます」
「ああ〜〜。そうだな。おめでと、おめでとう」
 どこか投げやりに月が言う。
 Lの奇行には大分馴れた方だ。ついには、堂々とテーブルを踏んでLは月のイスの背もたれに腰掛けた。さすがに、優雅にアールグレイを嗜む場合でもなく月が文句を言った。
「いいじゃないですか。休暇です」
「僕にひっつくことが休暇だとでもいうつもりか!」
「そういうわけではありません。しかし、これは私の休暇です」
「意味がわからないぞ、竜崎」
「いいですね。月くんは、まだ立場上は大学生……」
ぶつぶつとうめく声に、月は拳を握った。
「そっちも大学くればいいだろ? 竜崎、休学扱いになってるままじゃないか?」
「もう退学手続きしました。今更、大学で学ぶことないです」
 親指のツメを噛みつつ、Lは背筋を伸ばす。
 そうすると、イスに座っている月の背中半分と首と後頭部にLの背中が擦りつけられることとなる。ごり、ごり、数往復するころには月はこめかみに青筋を浮かべていた。
「怒るぞ」
「月くんのケチ〜〜」
「拗ねたフリするなよ、男が。気持ち悪い」
「ワイミーズには娯楽施設もあります。プールでもいきますか。月くん、密かに体鍛えてること知ってますよ」
「な、なんでだよ……。それに、僕は一日目はゆっくりしたい」
「そうですか。わかりました」
 ごりごりと押し付けていたものが消える。
 Lはのそのそと備えついたインターホンに向かい、電話口でケーキの注文をした。
「だから、食いすぎるなって……」
「それならティータイムにしましょうと言っているんです」
「もう僕のイスに座るな」
 のそのそと、変わらぬ足取りで戻ってこようとするので、月は先手を打った。行き先を失ってLの足がとまる。やがて、渋々と自らのイスに戻って両膝をたてた。
「月くんに仕事を回すの、少なくしてあげてもいいんですよ」
 眉根を寄せて暗い目をするL。
 月は、ドキリとしたようにLを見上げた。大学生活を送る傍ら、Lの相棒として何事件に挑むのはもはや日課といえる。将来は、父の総一郎のススメ(警察官になれと言われている)を断わってLの片棒を担いでもいいかと真剣に思い始めている頃だ。慎重に、探るように月は問いかけた。
「おい、今更仲間ハズレにするのは酷くないか」
「月くんが私を受け入れないからです」
「だから、そういう誤解を招く言い方をするなって」
 月が後頭部を引っ掻く。Lは、つまらなさそうにしながら角砂糖塗れのカップを持ち上げた。
 カリ、と、歯で角砂糖のひとつを摘む。
 ポリポリと食べていく姿は小動物か何かのようだ。月は眉根を寄せて、外の景色に視線を移した。
「何か、スポーツするところはあるのか? チェスでも何でもいいけど」
「テニスコートも体育館も室内用の遊び場も何でもありますよ」
 ずず、と、角砂糖塗れのアールグレイを啜る。
 何度か瞬きをして、合点がいったというようにLはテーブルの上の月のカップを見つめた。
「ああ。わかりました。じゃあ、私が勝ったら私に付き合ってください」
「オーケイ。よくわかんないけど、そういう勝負事に負けた罰ゲームと思えば付き合ってやらないでもないよ」
「じゃあ、私が勝ったら今晩は一緒のベッドで寝ましょう」
「…………なんでだ?」
 心底から不思議そうに、この世のものではないモノを見るような眼差しをLに向ける。月の態度にめげるような気配もなく、ずずずっ、と、Lはカップに残った最後の一滴までも飲み干した。



end.

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