密会

 


「ゴン◇」
 携帯を仕舞おうとした矢先に、男が呟いた。
「……ゴンがどうかしたか」
 奇妙な奇術師はくすくす笑って、すぐには返答しない。肩から下げたカバンへ、乱暴に携帯電話を放りつけながら、少年は再び問い掛けた。
「ゴンがどうかしたか!」
「別に深い意味はないのさ」
 鉛色の空は今にも泣き出しそうだった。ヒソカが密談の場として指定した廃ビルには天井がない、男はわざとらしく上を見上げて「傘持ってないんだよねェ」と口の中で囁いた。
「ゴンがどうかしたのか」
 クラピカは油断なく佇んだまま、同じ質問を繰り返す。
 その表情には絶対的な冷気が渦を巻いていた。噴きでたオーラが、ゆるゆると漂っていく。
 少年とヒソカが同盟を組んでから、何度目の逢瀬だろうか。必要以上に干渉をしないことを条件とした二人の同盟は、まずまずの機能を果たしてはいたが、今のこの瞬間をさかいに崩れ去っても違和感のない脆弱なものだった。
 それを重々承知しているのだろう、ヒソカは今まで一度たりともゴン達の名を出さなかった。
  取引事に関しても馬鹿でないということだ。それを何故、今更壊すような真似をするのだろう。
 クラピカは常に男に対して疑心を抱いていたが、それは植物のようにニョキニョキと上へと伸びていたのだが、いよいよ、胞子を飛ばす頃合に差し掛かったのかもしれない。
  慎重に慎重を重ね、少年は、静かな怒りを込めて吐息を吐き出した。
「挑発に乗ってくるのを期待しているのか? この後に及んでなぜそんな事態を期待する」
「言っただろ、深い意味はない◆ ただ……」
「ただ、なんだ? 言っておくが、その含みこそが深い意味に相当するのだぞ」
「手厳しいネェ。ボクはただ、ゴンの携帯番号を教えて貰いたいダケなのに」
 少年の眉がぴくりと動く。「知らないのか?」
「まぁね。調べようと思えばできるけど、キミから聞いた方が早いし楽じゃないか」
 猫のように眼を細め、奇術師。
  クラピカはしばし沈黙した末に、憮然とした口調で返してきた。
「そういったことは、本人から聞き出すべきだ」
「聞き出そうにも本人がいないんじゃ、出来ないじゃないか」
「それでも、だ。私の判断で、勝手に個人的な情報を流すわけには行かない」
 ローブの端をなびかせながら少年は踵を返す。ヒソカは呼び止めようともせずに、クスクスと笑い続けていた。くすんだ壁に笑い声が跳ね返り、少年を包み込む。彼の手中にいるかのような奇妙な錯覚を覚えたが、くだらないと囁くだけでそれを払拭した。
「つれないなぁ」
 背中にかけられた声も無視――するかに見えたクラピカは、三歩進んだ後で足を止めた。
  気鬱そうな色が瞳に浮かんでいる。
「ヒソカ」
「なんだい?」
「ゴンにはあまり干渉しないでやってくれ」
「…………ふふふ」
 金髪の少年はそれだけを告げて去って行った。
一人取り残され、ヒソカはくつくつと笑う。活目したままで、彼は夢見るように囁いた。
「青いなぁ、青いなぁ。熟すのはいつの日なんだか。でもそうなった日には、すっごく美味しいんだろうなぁ……。ククク、どれほどの蜜をみせてくれるのか。本当にすっごく楽しみだよ」
 知らずに懐に腕が伸び、トランプカードを握っている。
  ヒソカはゆらりとした動きで立ち上がり、手の中でカードを弄んだ。「適当な奴に喧嘩ふっかけて、気を静めなきゃねェ」ぎらぎらとした輝きを灯す瞳に呼応するように、天空で雷が唸り声をあげた。
「くく、ハッハッハッハッハァ!!」
 膨らんだ下半身を見下ろし、男は高笑をあげながら消えた。

 

end.

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