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あの人を騙し通せるとは、実は、思っていなかった。
それでもやりたかったので、ルームメイトと口裏を合わせて、あの人に質問をさせない作戦を行った。何か言おうとする気配があれば用事を思い出し、別の話題を提供し……。
それを延々と続け、ついに、当日がやってきた。
俺とルームメイトの作戦のせいか、最近の彼は、すこし元気がない。
くわえて機嫌が悪い。ルームメイトは、
「あいつなりに拗ねてるんだよ!」
と、言うけれど。
二人きりになった時のあの人の不機嫌さは、彼と一緒にいる時の比ではないのだ。
普段の辛口評価に拍車がかかり、意地悪の頻度も上昇し、なにより表情が消えうせている。
竦みあがり、さっさと逃げようとすると、機嫌はさらに悪くなる。次に会った時、必ず報復が来るのは、経験で理解した。ここ、二週間ばかり、俺は、懸命に耐えた……。
「感慨深いよ、まったく」
「なにがだー?」
買い物袋を抱えたルームメイトは、整頓された部屋を見て眼を剥いた。
「すげぇっ。仕事が早いな」
「まあね。一人分の散らかしを片付けるのは、一人で充分だろ?」
「つっこんで貰えるのを待ってんだよな、それは」
ニコニコとした笑顔で、買い物袋を台所に運ぶ。
「ここは二人部屋だぜ?」
「俺は散らかさない。散らかすのは、どこぞのルームメイトさんだ」
負けずに笑顔でそういってやると、彼は大きなため息をついた。
どうやら、認める気になったらしい。
「そーですね、はいはい」
「冗談はおいといてさ、料理は、頼むよ。俺、あまり得意じゃないんだ」
「わかってるって。しかしなあ、俺たち、外見からしたら役割別だよなー」
「俺を女っぽい、って遠まわしにいってる気がする」
買い物袋を漁るのをやめ、半眼で睨みつける。
ルームメイトは、ひえ、と奇声をあげた。そんなつもりはない、とまくし立てる彼を睨みつける……が、時間がないことを思い出し、拗ねるのはやめた。
「とにかく急ごうぜ。もうすぐ、約束の時間だ」
「そうだな……。じゃ、おまえ、野菜の皮むき担当な」
「アイ・サー」
それからの作業はてきぱきとしたものだ。
ナイフの扱いなら馴れている。野菜の皮なんてメじゃない。
我が部屋の台所は狭いので、俺はリビングで仕事を行った。時折り、野菜を取りにルームメイトがやってくる。台所から、良い匂いが漂ってきた。……楽しみを待つ時間は、あっという間に吹っ飛んでいく。
チャイムがなり、俺と彼とは顔を見合わせた。にやり、とルームメイトが笑う。
「おまえが行けよ」
妙な含みを感じたが、素直に従った。
出迎えにでたかったこと、見透かされていたのだろうか。
「雪の中、お疲れさん」
扉を開けると、あの人がそこにいた。
むすっとした顔で、シャンパンを二つ、胸に抱えている。
「頼まれたものだ」
「ありがと〜。うわ、さすが。金持ちは買ってくるメーカーが違うな」
「いやなら、別のを持ってこさせるが」
「これでいいに決まってるじゃないか。さ、中、入って」
綺麗に片付けられた室内に驚いた顔をして、次に、テーブルに置かれた料理に驚いた顔をする。
俺とルームメイトは、互いの目を見て強く頷いた。次の、瞬間。
「ハッピバースデー・セフィロス!!」
ぱぱーん!! と、クラッカーが炸裂する。
ますめす目を見開いてる間に、俺は白い包み紙に覆われた小箱を、彼に差し出した。
「なんだ、これは」
「プレゼントだよ。はい」
受け取ったそれを、まじまじと見つめている。半信半疑みたいだ。
「俺からはこれな。おまえも男なら、コレの良さをわかってくれんだろ?」
ルームメイトは、小さなペンライトのようなものを手渡した。
細身の長身の、真中辺りに赤いリボンが結ばれている。
「……エベラッシャーの205タイプか」
納得したような、小さな呟きが漏れる。
「それが、前にいってた『とっておき』なのか?」
「まあなっ。超小型レーザー兵器っ。世界最高峰のレーザー技術を持つと言われながら内部決裂で倒産してしまった幻のエベラッシャー社の最後の名品だ! 個人携帯可能で、獣も人もコレ一つで殺傷可能てシロモノだ」
「……また、妙なモンを……」
「大丈夫。ちゃんと、相手を見てプレゼントを選んでるぜ、俺は。セフィロス、おまえなら、引出しに入れて埃塗れにすることはあっても、民間人を射殺して楽しむことはないよな?」
「ああ、ないな」
「ほ〜らな。ちなみに、今のは、埃塗れの部分も否定してくれなきゃ悲しい」
「しかし。俺の誕生日などとは……。俺自身も知らないぞ」
かみ合わない会話をよそに、俺は、いそいそとシャンパンを開けていた。
「前にそう聞いたから、俺たちで決めたんだ。今後は、今日が誕生日ね」
「12月10日が?」
「ああ」
あっけにとられたように、目をパチパチとさせる。
やがて、彼は爆笑した。
「ははははっ……。さすがだな、はは。おまえたちの手にかかれば、人生の恒例行事も裸足で逃げ出すぞ」
「褒め言葉だと思っとくぜ。さァ、主役さんよ、席について」
席に座り、三つのワイングラスをくっつけて、ちりん、と音を鳴らせる。彼の機嫌は一気に浮上したようだった。
「最近は、これの準備を?」
「ああ。妙な態度を取って、悪かったな」
食事も終わり、宴もたけなわになった頃に、俺は、微妙に気にしていたことを尋ねた。
「俺からのプレゼント、あけないの?」
「……最後の楽しみに、取っておこうと思う」
「カァーーッッ」
唐突にザックスが頭をむしった。
「うわ、なんだよ!」
「俺の前で熱を出すな! 頼むから!」
「熱って……」
「当事者はわからんのか! なんか、でてんだよホワホワと!」
「ホワホワ……」
「相手にするな。無駄だ」
「何をーーッ」
そんなこんなで、翌朝まで誕生パーティーが続けられた。
俺があげた白いラッピングのプレゼントには、隕石をモチーフにしたキーチェーンが入っている。
色違いのプラチナの細工品で、丸いプラチナに、炎のようにホワイトプラチナがからみついたものだ。俺の財力ではそれくらいしか買えなかった。その分、懸命にセンスの良いものを探した。
時刻は朝の五時。ザックスは酒瓶を抱えたまま寝込んでしまった。
……箱をあけて、セフィロスは、しばらく何も言わなかった。
ドキドキしながら最初の一句を待った。
けれど、何も言ってこない。
恐る恐る見上げると、彼は、目を見開いたまま硬直していた。
「いや」視線を感じたのか、ごまかすような声音だ。
「……実際に見ると、もらった時とは、違った感動があるものだなと思って」
チェーンを摘みながら、セフィロスは穏やかに俺を見た。鮮やかな笑顔が、まぶしい。
「気に入った。ありがとう」
end.
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