永久に彷徨う
バスターソードを振りかざすその時になって、全身が総毛だった。
碧の瞳と真正面からぶつかる。しゃがみこみ、肩で無理やりに振り向いているような体勢なので、彼は、俺の一撃を避けることができないだろう。柄に逃げる拳に力が入り、同時に、ブワと汗が噴き出る。
神羅カンパニーに入社して、彼と出会い、共に過ごした数年の記憶が脳裏にあふれ返るんだ。
突然に沸いた動揺は、切っ先を鈍らせる。
彼が薄ら笑いを浮かべた。
ダメ、だ。体勢を整えられたら、こちらが、終わる。
「うっ……ァっ、アアアァ――!!!」
振り下ろした刃が、胸を裂く。
赤色でない体液が噴出した。それを押し込めるように、間髪置かずに二撃目を叩き込む。
左上に持ってきた切っ先で、また、裂いた場所を切りつける。下にきた刃で上向きに切り裂き、下に凪いで、左に閃光を走らせて。歯を食いしばり、俺は、セフィロスをむちゃくちゃに滅多切りにしていた。
膝を屈伸させ、飛び上がる。瞳が熱い。何か、濡れたものが飛び散っていた。
剣を構えなおし、上空から宿敵を睨みつける。彼は、驚いたように目を見開いてるが、口元は、記憶の中にあるのと同じように、静かに笑んでいた。
「ああああああっっ」
渾身の一撃は、セフィロスの肩を大きく抉った。
顎から滝のように汗が流れ落ちる。セフィロスは、唇から滝のように緑色の液体をこぼしていた。
彼の全身を見て、やった、と、思う。致命傷であることは確実だ。柄から力を抜かずに彼を凝視する中で、セフィロスは、相貌をゆがめながらも真っ直ぐに俺を見返している。
ティファやバレット、仲間達の顔を、必死に胸に思い起こしていた。
あるいは呪文のように彼らの名を叫んでいた。ともすれば、セフィロスの眼差しに雁字搦めに囚われそうだった。負けないと誓ったのだ。セフィロスを倒し、星を救う。これはエアリスとの約束でもある。
「終わりだよ、セフィロス!!」
しかし、一本の糸に乗り上げたような緊張感に耐え切れず、俺は、挑発的な言葉を投げかけていた。セフィロスの表情に変化はない。けれど、彼は、たどたどしく唇を動かした。
「……クラ……ウ、ど」
「!」
前のめりに倒れるセフィロスを、避けるべきだった。
名前を呼ばれた驚きに身動きが取れず、彼を肩で受け止める恰好になってしまう。両腕で胸板を押し返そうとしたが、彼の全身に力が入っておらず、本当に最後なんだとわかってしまうと、腕が震えた。
「セフィロス」
彼の創り出した空間が軋み声をあげている。
黒い空間が、徐々に、真白い光に包まれていく。
「あなたは、何が欲しかったんですか」
圧し掛かる重みが胸を締め付ける。
頬を零れるものの正体は、深く考えないように努めた。
「それを……聞く、のか」
「俺はこんな結末を望んでいるわけじゃなかった。どうして、あの時のまま、過ごせなかったんだ」
「無理……だ、な。真実が、許せる、ものじゃ……ない」
「粛清がしたかったわけじゃないでしょう?」
「ああ……」
「何がしたかったんだ」
セフィロスの身体が消えていく。
苛立ちまぎれに叫んだ俺を、セフィロスは、やはり、静かに見下ろしていた。
瞳に光はない。濁った碧に、唇を噛みしめる俺が映りこんでいた。
「わたしは」
肌が粟立ったのは、動かないと思っていた体が、ピクリと蠢いたからだ。警戒をする暇もなく掻き抱かれて、唇を重ねられる。即座に割り入ってきたのは舌だけではなかった。生ぬるい液体が咥内を侵す。舌は、すぐさま出て行ったが、セフィロスの血液は飲み下すしかなかった。死の間際とは思えない力で、上顎と下顎を重ねあわされる。
「んんっ、んぐっ……ゲホッ!!」
ようやく解放され、咳き込む。そんな俺の腰に、セフィロスが縋り付いていた。
「おまえからの、そう、愛を……求めて……ぃ……」
視線を下にやって見えたのは、酷薄に笑うセフィロスだ。
血を飲ませられた戦慄が一気に飛び去った。
言葉も衝撃的だが、彼の頬を伝う涙色の筋に、全身が硬直する。
「セフィ――」
腰にまとわりつく質量が薄くなる。
空間は、光という巨音を撒き散らしながら爆発した。
気が付いたら、崩壊しかけた洞窟の中にいた。
裂け目に落ちていくティファに気付いて、がむしゃらに駆けだす。彼女もつかめたし、皆も、無事だ。一緒に脱出した俺たちは、飛行艇で無事を喜び合った。……俺は、タイミングを見計らって洗面所へと赴いた。
「……グッ……」
執拗にうがいを繰り返すが、咥内の苦味が、消えない。
「ジェノバ細胞……」その特性を思い出して、くそ、と心中で毒づく。
あいつは、どこまでも俺を縛り付ける気でいるのだろうか。
死んだというのに。死して、なお。
『愛を……求めて……』
最後の言葉が胸に突き刺さっている。
「ばかやろう」
それしか、いえない。
何時の間にか、俺は泣いていた。
end.
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