ワイミーズハウスへようこそ! 〜大失敗〜
サイレンがこだまする。
ヘリコプターの外に上半身をだして、Lは死神をよく見ようと目を凝らしていた。彼からデスノートを受け取ったままで、月は冷たい汗を浮かべる。
その眼差しは腕時計へと映る。夜神月、つまり世を騒がせる大量殺人者キラたる彼は、腕時計にデスノートの破片をしこんでいた。このどさくさに紛れて、レムのデスノートの現所有者を殺す――、でなければ、キラとしての記憶を再び失うことになる。
(そうか……、僕は。そうか、そうだったんだ!)
冷たく黒い輝きが両目に灯る。Lが運転席へと腰を戻した。親指のツメをガリッと噛み潰す。月は中腰になってLへと背中を向けた。
(計画通り! あとは、このままっ)
震えるほどの興奮で体が震えだした。
(火口を殺せば――――!!)
「アッ。月くん、スイマセン。私、大事な証拠物を汚したかもしれません」
「は、はあっ?!」
顎が外れるほどに口をあけて、月が驚愕する。
「――な゛あ゛っ?!!」
Lが、実に気軽に横合いから手をだしてデスノートを取り上げていた。目の下に巨大なクマを作った青年は、まじまじと自分の手のひらを見下ろす。
ぺろ、と、親指の腹を舐め取った。
「操縦桿を握る前にチョコレートを食べてました。そのまま来てしまった。つまり、この操縦桿も汚れてる……。はい、ベトベトです。失敗しました。大事な証拠物品を汚してしまうとは、ミスです」
「……………………」
ポカンと大口を開けたまま、月は硬直する。
Lはあからさまに眉根を皺寄せた。
「…………? 月くん、死神を見たときよりもスゴい顔してます」
「…………、あ、あれ?」
指摘されたことにすら驚いて、月は両手を見下ろした。
(? なんだ)違和感があった。心臓がどきどきとしていて、全身に汗を掻いている。酷い高揚感が残っていて、ただごとではない事態が自分を襲ったのは明白だ。
「何故、私に驚く必要があるんですか」
「あ、ああ。すまない……?」
アレ? 再度うめいて、月は首を傾げる。
デスノートの所有者でない状態でノートを手放せば、かつて、キラとしてノートを所持していたときの記憶は継続されない……。死神界のさだめた悲劇のルールだったが、記憶がない月にはそんなこと知ったことではない。キラ逮捕が何よりの優先事項だ。
目の前では火口が拘束されてパトカーに押し込まれていた。Lがハンカチで汚れを拭いていた。
「……汚れはとれましたね。はい、このノートは厳重に保管します」
冷静を取り戻しつつ、月も頷いた。
「ああ、僕もそうした方がいいと思うよ」
そんなわけで、本物のキラは人知れず消滅したりした。
……したりした、ことから、二年が経つ。
つづく
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